比類なき一冊。書籍『Webアプリケーションアクセシビリティ』にレビュワーとして参加しました

2023年2月27日に発売される書籍『Webアプリケーションアクセシビリティ』にレビュワーとして参加する機会に恵まれ、先日、見本誌をご恵贈いただきました。

『Webアプリケーションアクセシビリティ』の書影

本書は、アクセシビリティの概要から基礎となるマシンリーダビリティへの理解、コンテンツとデザインと実装までを、発展的な部分まで含めて網羅的に、かつ正確に書かれた良書です。さらに、社内で仲間を集めながらアクセシビリティを大きなうねりに変えていくためにやっていくことが書かれた「組織導入」の第7章や、アクセシブルなUIをデザインするためのわりとガチなUI論が収められた第8章と、この本でしか読むことのできない内容もあります。

本書の詳細な構成については公式のサポートサイトをご覧いただくとよいでしょう。

目次を眺めてもわかるように本当に盛りだくさんで、576ページ3,960円という重厚な外面に十分に見合う価値があると感じます。ウェブアプリケーション制作に携わるデザイナー、エンジニア諸氏には強くお勧めできる一冊です。

本書の推しポイント

自分なりの視点で本書の優れたポイントを5つほど挙げてみたいと思います。

1. 現場の視点で書かれている

今日から始める現場からの改善という副題にもある通り、最初から最後まで、「現場で頑張るひとのための本」というコンセプトが通底しています。そのため大半の内容は、①現場あるあるの状況の提示→②課題の抽出と解説→③解決方法という流れで解説されています。いずれもたしかに見覚えのあるような状況を改善の出発点にしています。多くの読者は自分の現場で起きていることと照らし合わせて、すぐに改善に繋げていけるのではないでしょうか。

このような構成にできたのも、本書の4名の著者はいずれも、事業会社で実際にデザインをし、コードを書き、社内にアクセシビリティを広める活動をしている方だからでしょう。現場を多く経験しているからこそのアプローチなのだろうと思われました。

2. 障害ときちんと向き合っている

アクセシビリティを広める人のあいだで「アクセシビリティはすべての人のためになる」という言葉が使われることがあります。すべての人がアクセシビリティの利益を享受することは間違っていませんが、実際に障害のために困難を抱えている人の存在を覆い隠してはいないかと不安になることがあります。本書ではそのようなことはなく、障害というものに真正面から向き合われているのを感じました。

支援技術ハードウェアの写真や、ソフトウェアのキャプチャ、障害当事者が機器を操作する様子の写真が随所に織り込まれています。後に述べるように、付録の充実っぷりからもこのことを読み取ることができます。

3. 「組織導入」の第7章

所属する組織にアクセシビリティを広めることにフォーカスして書かれた書物はこれまでなかったのではないでしょうか? アクセシビリティに限りませんが、ある価値観に「目覚めた人」と「そうでない人」がお互いを理解しあうのはなかなか難しいもので、組織の中で孤軍奮闘するもむなしく、ともすれば押し方を間違えたために対立する結末を迎えてしまうことも十分ありうる話です。第7章は組織の中でアクセシビリティを広めていくための第一歩を踏み出し、仲間を集め、段階を踏んで「大きなうねり」にしていくためのアイデアがたくさん紹介されています。

何とも心強いのは、本書の内容には一定の再現性がありますと判を押されている点です。著者陣やレビュワーの面々が実践し、組織に広めてきた実績に基づいて書かれているからです。私も組織でアクセシビリティを推進している役割を引き受けていますが、内容にはうなずくところが多いです。

第7章は「組織導入」の章なのですが、実は私がレビューした原稿の半分程度しか収録されていませんでした。あまりにも分量が多すぎて内容を切り詰めたのだそうです。収録されなかった原稿はどこに行ったのかというと、組織導入の応用編としてウェブ連載記事になっているようです。

書籍『Webアプリケーションアクセシビリティ』に載せきれなかった原稿が、8回の短期連載として復活!組織導入の応用編がテーマです。応用なのに本より先に世に出るという謎状況ですが、アクセシビリティチーム結成後の参考としてご覧ください!https://t.co/o1aULgVaCM#webapp_a11y

— Rikiya Ihara / magi (@magi1125) February 17, 2023

第7章は全体を通じて、読者の手を取り、「おれたちとアクセシビリティやろうぜ」と著者たちが引っ張り上げようとしてくれる愛とやさしさにあふれた章です。省略されてしまった後編部分には個人的に目からうろこが落ちまくった節が収められるはずです。この連載の動向もぜひ注目してみてほしいです。

4. 至高の「伊原UI論」の第8章

この章はまじですごいです(語彙)。この章のためだけにも本書を買う価値があります。伊原さんによるガチのアクセシブルUI論です。おそらく、日本中を探しても伊原さんにしか書けないものであると思うとともに、伊原さんの真骨頂が発揮された素晴らしい章です。

人によって見え方や聞こえ方、感じ方は多様です。それらハンディキャップをいかに埋めるか(=支援技術や適応戦略の使い方)も全く人それぞれです。いくらHTMLがユニバーサルな言語だといっても、あらゆる人が理解し使えるUIをデザインすることは並大抵のことではありません。この難題に対して、アクセシビリティに理解のある会社であっても、シニアデザイナーの経験則に頼るか、ガイドラインとチェックリストで検証するかがせいぜいというのが現状ではないでしょうか。第8章はそこから先に行く…つまり問題に対症療法的にパッチを当て続けるのではなく、最初からアクセシブルなUIをデザインするにはどうしたらいいかが論じられています。

本書のアプローチはこうです。まず、いろいろな支援技術の利用のされ方を俯瞰して、多くのユースケースで共通する課題を抽出します。次に、われわれが作りがちなデザインが抽出された課題にたいしてアンチパターンになっていることを確認します。最後に総括としてアクセシブルなUI設計の原理として、全部で11の原理を導き出しています。

この章はすべてのUIデザイナーに読まれるべきものです。これを読むとUIをこれまで以上に自信とともにデザインできるようになること請け合いです。

5. 付録ってレベルじゃねぇ付録

付録までほめるのか、って感じですが。本書の付録には、あまたある支援技術や適応戦略の特徴と苦手とする操作が網羅的にまとめられています。写真や画面キャプチャも多めに収録されており、きわめて資料的価値の高い付録になっています。

アクセシビリティに関わる仕事をしていても聞いたことのないような支援技術がたくさんあり、大変勉強になりました。またこれらの支援技術の特性を踏まえて第8章は書かれたということでもあり、「伊原UI論」の力の入りようがここからも推察できるかたちです。

本書の要注意なところ

この書籍はウェブアプリケーションのデザインと実装に携わる方にはうってつけと言えますが、JISやWCAGをもとに適合性テストを実施する方法やそのテスト観点については、そのものずばりの解答がかかれているわけではありません。したがって、テスト実施者の方はプライマリな想定読者ではなさそうです。(とはいえ、第8章や付録を読むと、「WCAG解説書」への解像感が増すことでしょう。)

5章ではモーダルダイアログや通知などの複雑なUIパターンのアクセシブルな実装方法が紹介されています。コードとともに解説されていてエンジニアにはありがたいですが、Reactフレームワーク(とフックAPI)が採用されている点は注意が必要です。jQueryやDOM標準にだけなじみのある開発者は、やや読みづらさがあるかもしれません。Reactはもはや基礎知識となってきている感がありますね。

おわりに

繰り返しになりますが、本書『Webアプリケーションアクセシビリティ』は、ウェブアプリケーション制作に携わるデザイナー、エンジニア諸氏に強くお勧めできる一冊です。2月27日に単行本、3月3日には電子書籍版が発売されます。各書店の商品ページへのリンクを掲載しますので、この記事がきっかけで何冊か買ってくれる人がいたら光栄です。アフィリエイトIDは含まれておりません。


書籍レビューのオファーをいただいたのは昨年8月でした。書籍のレビューは初めての体験で、ずいぶん張り切って拝読したのを覚えています。ほかのレビュワーの方々からのフィードバックもとても勉強になりました。今回見本誌をいただいて再度ざっくりと目を通し、この書籍に携われてよかったなあ、と改めて感慨にふけっています。

レビューというのは思ったことを書くだけだし、執筆よりもずっと楽ちんな仕事です。著者はフィードバックに目を通し、妥当性を検証し、すでにある文章を再構成するばかりでなく、最終的な責任を負わなくてはいけません。しかも、レビュワーには常に感謝の気持ちを持ち続けなくてはいけない、というずいぶん非対称性の大きな関係です。私もそれにあぐらをかいて、対案を含まない感想レベルのフィードバックをたくさん送ってしまいました。真摯にご対応いただいたことをあらためて感謝いたします。

本書が書かれるモチベーションにはいろいろなものがあったと思うのですが、その中のひとつに「私」がいたようです。

事業会社でアクセシビリティやっていき本、やっぱり要るのかも。そめちゃんのために書きたい。

— Rikiya Ihara / magi (@magi1125) October 15, 2020

いやいや、もとい、私のような「事業会社でアクセシビリティをやっていきしてる人」みんなのためなのは百も承知です。ですが、具体的な「あの人」を想像することでアクセシビリティの取組みがより当事者性を帯びるのと同様に、私という個人が本書の執筆における触媒のようなものになれていたのだとしたら、これ以上光栄なことはありません。

この本は後生大事にしたいと思います。