やりたいことなんなんだ2023

私は何がしたいんだろうなあ。

私が10代の頃、自分の役割は子孫を残すことだと真面目に考えていた。宇宙の長い歴史の中で自分という個は極めて無意味に近いものであること、それでも自分という個が人類の歴史の中の特定のいち世代に組み込まれていることを俯瞰していたように思う。人生に意味のようなものは認められないけれども、遺伝子や家系を残していくことに使命のようなものを感じていた。

十分に恵まれていた家庭環境や、障害や不自由のない出自、生存を主張しなければならない状況に追いやられた経験の無さなどが、この強者的な価値観の醸成に一役買っていたのかもしれない。

幸か不幸か、今でも大して変わっていないのだ。

これが私という個の究極の目的なのだとすれば、その目的は叶ってしまった。人数を増やすことでより確度を高めていく方向への努力はあるかもしれないが、少なくとも成果はゼロを超えている。

では、これから私はどう生きるか。二番目の欲望に進むか、他者への貢献に精を出すか。

二番目の欲望は自分の中で確固たるものがあり、これまでも現在もそれに取り組み続けており、これも十分に満足していると言っていい。理想的とはいかないまでも、やれることはまあやっている。けれども、これからも継続して満足し続けられるかどうかは甚だ不安がある。資本主義の中で、他者の欲望に付き合い続けることへの嫌悪感みたいなものが、年々肥大化しているように感じるからだ。

とはいえこの二番目の欲望を私から切り離すことはもはや出来ず、三番目の欲望と呼べそうなものは見つからない。だから、二番目の欲望に軸としながらも、後者すなわち他者への貢献にも足を伸ばしてみることで自尊心を保っていく戦略だ。

うーん、ここまで書いてきて、自分のここ最近の行動を説明できてきた気がする。

同時に、自分の弱点についても見えてきた。他者貢献の「他者」が、遠くなりがちなことである。もっと身近に貢献すべき相手はいるのである。会社の同僚、友人、家族、そして自分。

死に際に後悔しない選択をしたい。


この記事は2023年12月21日にそめによって書かれました。