わたしとアクセシビリティ

わたしは他人との交流を積極的にとるタイプではない。他人の趣味に立ち入るのも立ち入られるのもあまり好まない。自分と違う経歴、考え、境遇を持つ人との交流は基本的に怖いと感じる。

自分の中のシンジくんをいまだに大事にしてしまっている。情けない話だと思うが、こんな自分でも、36年間それなりにやれてきてしまった。

わたしがアクセシビリティをやる理由に血の通った部分はほとんどない。あるのは、WWWというシステムへの畏敬が大半と、残りは人類が積み上げてきた人権へのリスペクトだ。後者は、ある意味血生臭くはある。

個人レベルの「やさしさ」のやり取りから距離を置きながら、わたしなりの好ましい未来へのコミットができる、そんな都合のいい存在がわたしにとってのアクセシビリティだ。なんとも情けないと自覚している。

その罪滅ぼしのつもりなのかわからないが、チヤホヤされず、無私の奉公で構わないから、未来の誰かが踏みしめる石畳の一枚をわたしは積みたいと思う。


この記事は2023年12月3日にそめによって書かれました。